『リテラシー史研究』第7号が無事刊行。7年目をむかえることができた。
2014年2月28日金曜日
2014年2月20日木曜日
シンガポール、マレーシアでの調査
15日からシンガポールとマレーシアの調査へ。まずシンガポールではシンガポール日本人会を訪れ、長く事務局長をつとめる杉野一夫さんから話をうかがった。同機関は日本人会としては規模も大きく、活動も活発だが、特に戦前、戦後の日系人アーカイブズに関心を向け、資料の保存や公開を行っていた点に驚く。図書館も大きいが、日本語図書の古書市も行っており、盛況とのこと。
17日にはシンガポール国立大学へ。中国図書館の司書であるTham Wai Fongさんから話をうかがった。
名称は中国図書館だが、日本語図書も豊富。Fongさんは慶応義塾大学で図書館学を学び、早稲田大学の図書館で研修していたこともあるという。シンガポール国立大学の日本語蔵書管理は行き届いており、北米の日本語図書館と比べても遜色ない。その意味では東南アジアの日本語図書館としては例外的な存在。
その日の午後に、日本人墓地公園へ。町から少し離れた閑静な住宅街にある。二葉亭四迷の碑も。
19日にシンガポールから、空路マレーシアのクアラルンプールに移動した。ここでもまず向かったの日本人会へ。巨大なショッピングモールのミッドバレー駅の近くにあり、日本文化センターも近辺にある。
日本人会の山下賢祐事務局長から聞き取り。図書館も6万冊規模のもので、もはや小さな公共図書館という感じ。ちょうど五〇年史の編纂が終わり、刊行の準備段階だった。
その後、マラヤ大学へ。東アジア研究科長のAsmadi Bin Hassanさんにまず会って聞き取り。最近の日本語図書はこの研究科の方で管理している。また、中央図書館の別館の東アジア図書館がキャンパスにはあり、そこにも五〇〇タイトル以上の日本語図書があった。古い時期の本も含まれているが、カード目録のみが存在。ここに日本語図書があるということを知る人、利用する人はほとんどおらず、かつていたと思われる日本語のできる司書の方はもはやいない状態。
22日にマレーシア日本文化センターを訪問。磯ヶ谷浩之さんから聞き取り。同図書館での資料では日本語教育に関する歴史情報が豊富だった。午後にはマレーシア国立大学に向かった。ただ、うまく連絡が伝わっておらず、後からメールでデータの詳細を送ってもらうこととなる。
国立公文書館にも回ってみたが、基本は英語での資料がほとんど。現地語の資料では、戦時期の日本のプロパガンダ出版物が興味深かった。
23日にはクアラルンプールからシンガポールにもどり、帰国前の時間を利用してJapan Creative Centreに聞き取りに行った。堀川光一さんから話をうかがった。
17日にはシンガポール国立大学へ。中国図書館の司書であるTham Wai Fongさんから話をうかがった。
名称は中国図書館だが、日本語図書も豊富。Fongさんは慶応義塾大学で図書館学を学び、早稲田大学の図書館で研修していたこともあるという。シンガポール国立大学の日本語蔵書管理は行き届いており、北米の日本語図書館と比べても遜色ない。その意味では東南アジアの日本語図書館としては例外的な存在。
その日の午後に、日本人墓地公園へ。町から少し離れた閑静な住宅街にある。二葉亭四迷の碑も。
19日にシンガポールから、空路マレーシアのクアラルンプールに移動した。ここでもまず向かったの日本人会へ。巨大なショッピングモールのミッドバレー駅の近くにあり、日本文化センターも近辺にある。
日本人会の山下賢祐事務局長から聞き取り。図書館も6万冊規模のもので、もはや小さな公共図書館という感じ。ちょうど五〇年史の編纂が終わり、刊行の準備段階だった。
その後、マラヤ大学へ。東アジア研究科長のAsmadi Bin Hassanさんにまず会って聞き取り。最近の日本語図書はこの研究科の方で管理している。また、中央図書館の別館の東アジア図書館がキャンパスにはあり、そこにも五〇〇タイトル以上の日本語図書があった。古い時期の本も含まれているが、カード目録のみが存在。ここに日本語図書があるということを知る人、利用する人はほとんどおらず、かつていたと思われる日本語のできる司書の方はもはやいない状態。
22日にマレーシア日本文化センターを訪問。磯ヶ谷浩之さんから聞き取り。同図書館での資料では日本語教育に関する歴史情報が豊富だった。午後にはマレーシア国立大学に向かった。ただ、うまく連絡が伝わっておらず、後からメールでデータの詳細を送ってもらうこととなる。
国立公文書館にも回ってみたが、基本は英語での資料がほとんど。現地語の資料では、戦時期の日本のプロパガンダ出版物が興味深かった。
23日にはクアラルンプールからシンガポールにもどり、帰国前の時間を利用してJapan Creative Centreに聞き取りに行った。堀川光一さんから話をうかがった。
2014年2月1日土曜日
国会図書館で講演
1月30日に日本研究支援シンポジウム「海外の日本研究に対して日本の図書館は何ができるのか」で講演。
「海外の日本研究と日本の図書館の役割 -北米、及び東南アジアの事例から」と題して話を。現在進めている東南アジアでの調査事例が生かせるよい機会だったので引き受けたものの、何せ調査中している最中なので情報をまとめるのに苦労。けれどシンポジウムでは各国の日本語図書館事情がうかがえてとてもよい機会だった。
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/knssympo.html
2014年1月5日日曜日
2013年12月31日火曜日
沖縄での調査
18日に那覇へ。占領下沖縄での書物流通についての調査。沖縄で古書店事情に詳しい佐藤善五郎さんに再度会って聞き取り。19日には沖縄教科書供給株式会社を訪問、会長の金城誠心さん、社長の仲村広司さんから聞き取りを行った。少し時間に余裕があったので行ったことのなかった健児の塔や南冥の塔を回る。
フィリピンでの調査
12月はフィリピンでの調査を行う。1日からマニラで調査をはじめた。まず向かったのはマニラ日本文化センター。フィリピンでの各大学の日本研究は、日本文化センターと連携した研究プロジェクトも多く、フィリピンのこれまでの日本研究の成果が効率的に理解できる。所長の高取秀司さんからは、同機関の図書館についての情報をもらった。
3日にはフィリピン大学へ。アジアセンター図書館のTacs G. Landaさんから話をうかがうことに。とはいえ、英語文献が中心で、日本語図書については管理や収集が難しい状況だった。中央図書館のアーカイブズには占領期の日本関係印刷物が所蔵されており、そちらでの調査もあわせて行った。
4日にはアテネオデマニラ大学へ。リーサル図書館で、図書館長のVernon R. Totanesさんと会う。彼は図書館史、書物史の研究者でもあったので、書物史でそのうち一緒にパネルでもやろうという話に。日本語図書についてはリーサル図書館の他に、別の棟の日本研究所にもかなり収蔵されていた。この大学の日本研究はフィリピンでもっとも長い。所長の永田博子さんから、日本学の展開や日本語図書の状況について情報収集。
5日は午前に日本人会を訪れ、高田美樹さんに調査に協力してもらった。やはり人脈という面では日本人会は豊富で、情報収集にはとても役立つ。午後はデラサル大学に向かった。図書館長のAnna Maria Fresnidoさんと会合。
図書館は新築で引っ越しが完了したところ。日本研究で英語文献が主なのは他大学と同様だったが、図書館のスペースに新たに日本学セクションを作ろうと意欲的。東南アジアでの調査は交通に大きく左右される。マニラの場合、電車で効率的に移動できるので、訪問機関を加えたり、機会を調整するのも比較的楽だった。
3日にはフィリピン大学へ。アジアセンター図書館のTacs G. Landaさんから話をうかがうことに。とはいえ、英語文献が中心で、日本語図書については管理や収集が難しい状況だった。中央図書館のアーカイブズには占領期の日本関係印刷物が所蔵されており、そちらでの調査もあわせて行った。
4日にはアテネオデマニラ大学へ。リーサル図書館で、図書館長のVernon R. Totanesさんと会う。彼は図書館史、書物史の研究者でもあったので、書物史でそのうち一緒にパネルでもやろうという話に。日本語図書についてはリーサル図書館の他に、別の棟の日本研究所にもかなり収蔵されていた。この大学の日本研究はフィリピンでもっとも長い。所長の永田博子さんから、日本学の展開や日本語図書の状況について情報収集。
5日は午前に日本人会を訪れ、高田美樹さんに調査に協力してもらった。やはり人脈という面では日本人会は豊富で、情報収集にはとても役立つ。午後はデラサル大学に向かった。図書館長のAnna Maria Fresnidoさんと会合。
図書館は新築で引っ越しが完了したところ。日本研究で英語文献が主なのは他大学と同様だったが、図書館のスペースに新たに日本学セクションを作ろうと意欲的。東南アジアでの調査は交通に大きく左右される。マニラの場合、電車で効率的に移動できるので、訪問機関を加えたり、機会を調整するのも比較的楽だった。
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