2014年2月1日土曜日
国会図書館で講演
1月30日に日本研究支援シンポジウム「海外の日本研究に対して日本の図書館は何ができるのか」で講演。
「海外の日本研究と日本の図書館の役割 -北米、及び東南アジアの事例から」と題して話を。現在進めている東南アジアでの調査事例が生かせるよい機会だったので引き受けたものの、何せ調査中している最中なので情報をまとめるのに苦労。けれどシンポジウムでは各国の日本語図書館事情がうかがえてとてもよい機会だった。
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/knssympo.html
2014年1月5日日曜日
2013年12月31日火曜日
沖縄での調査
18日に那覇へ。占領下沖縄での書物流通についての調査。沖縄で古書店事情に詳しい佐藤善五郎さんに再度会って聞き取り。19日には沖縄教科書供給株式会社を訪問、会長の金城誠心さん、社長の仲村広司さんから聞き取りを行った。少し時間に余裕があったので行ったことのなかった健児の塔や南冥の塔を回る。
フィリピンでの調査
12月はフィリピンでの調査を行う。1日からマニラで調査をはじめた。まず向かったのはマニラ日本文化センター。フィリピンでの各大学の日本研究は、日本文化センターと連携した研究プロジェクトも多く、フィリピンのこれまでの日本研究の成果が効率的に理解できる。所長の高取秀司さんからは、同機関の図書館についての情報をもらった。
3日にはフィリピン大学へ。アジアセンター図書館のTacs G. Landaさんから話をうかがうことに。とはいえ、英語文献が中心で、日本語図書については管理や収集が難しい状況だった。中央図書館のアーカイブズには占領期の日本関係印刷物が所蔵されており、そちらでの調査もあわせて行った。
4日にはアテネオデマニラ大学へ。リーサル図書館で、図書館長のVernon R. Totanesさんと会う。彼は図書館史、書物史の研究者でもあったので、書物史でそのうち一緒にパネルでもやろうという話に。日本語図書についてはリーサル図書館の他に、別の棟の日本研究所にもかなり収蔵されていた。この大学の日本研究はフィリピンでもっとも長い。所長の永田博子さんから、日本学の展開や日本語図書の状況について情報収集。
5日は午前に日本人会を訪れ、高田美樹さんに調査に協力してもらった。やはり人脈という面では日本人会は豊富で、情報収集にはとても役立つ。午後はデラサル大学に向かった。図書館長のAnna Maria Fresnidoさんと会合。
図書館は新築で引っ越しが完了したところ。日本研究で英語文献が主なのは他大学と同様だったが、図書館のスペースに新たに日本学セクションを作ろうと意欲的。東南アジアでの調査は交通に大きく左右される。マニラの場合、電車で効率的に移動できるので、訪問機関を加えたり、機会を調整するのも比較的楽だった。
3日にはフィリピン大学へ。アジアセンター図書館のTacs G. Landaさんから話をうかがうことに。とはいえ、英語文献が中心で、日本語図書については管理や収集が難しい状況だった。中央図書館のアーカイブズには占領期の日本関係印刷物が所蔵されており、そちらでの調査もあわせて行った。
4日にはアテネオデマニラ大学へ。リーサル図書館で、図書館長のVernon R. Totanesさんと会う。彼は図書館史、書物史の研究者でもあったので、書物史でそのうち一緒にパネルでもやろうという話に。日本語図書についてはリーサル図書館の他に、別の棟の日本研究所にもかなり収蔵されていた。この大学の日本研究はフィリピンでもっとも長い。所長の永田博子さんから、日本学の展開や日本語図書の状況について情報収集。
5日は午前に日本人会を訪れ、高田美樹さんに調査に協力してもらった。やはり人脈という面では日本人会は豊富で、情報収集にはとても役立つ。午後はデラサル大学に向かった。図書館長のAnna Maria Fresnidoさんと会合。
図書館は新築で引っ越しが完了したところ。日本研究で英語文献が主なのは他大学と同様だったが、図書館のスペースに新たに日本学セクションを作ろうと意欲的。東南アジアでの調査は交通に大きく左右される。マニラの場合、電車で効率的に移動できるので、訪問機関を加えたり、機会を調整するのも比較的楽だった。
2013年11月30日土曜日
インドネシアでの調査
11月にインドネシアでの調査を実施。1日から調査でジャカルタへ。2日に日本人会、ジャカルタジャパンクラブを訪れ、吉田晋さんから聞き取り。日本人会での調査はここがはじめてだが、それぞれの国と日本との経済関係や、これまでの関係史が色濃くうかがえる日本人会での調査は、日本文献の情報を含めていろいろな意味で参考となることを痛感。
ただ、調査の疲れがたまっていたためか、この調査を終えた時点で腰痛が悪化、ぎっくり腰状態となってそのままホテルで寝込む。以降まる2日間ベッドから動けず。水だけですごすことに。
5日の火曜、ようやく立てるようになった。この日はインドネシアの祭日。6日は当初の予定通り、インドネシア大学に調査で向かった。
司書のYeni Budi Rachmanさんと会う予定だったが、急遽仕事が入ったとのことで、必要な情報を文書でもらうとともに、かわりに日本研究所リサーチャーのRohmiatiさんが応対してくれた。これはこれでラッキーだった。Rohmiatiさんはここで日本学を学んできており、先生にあたるSiti Dahsiar Anwarさんを紹介してもらった。Anwarさんは60年代にここで日本学を学んだ第一世代の方で、今もインドネシア大学の役職にあり、この大学の日本研究の歴史に詳しい方だった。
腰痛をかばいながらの調査で、再発しないよう細心の注意をはらいつつ動く。もともと腰痛にならなければ8日にジョグジャカルタに移動して、ガジャマダ大学を訪問、調査する予定を組んでいたが、断念。
かわりに、腰痛で寝込んでいた日に訪問予定であったジャカルタ日本文化センターを訪れ、後藤愛さん、司書のスーザンさんから聞き取り。当初の予定では国立図書館に行く予定はなかったが、ジャカルタでの時間があまったのでそこに向かった。これはこれで幸運だった。アポ無しで訪問したのだが、たまたま対応してくれた司書のアナイスさんが貴重書担当、戦中から保存しているかなりの量の日本語図書があることがわかり、直接書庫に入れてもらい、それらを調査することができた。何が吉とでるか、本当にわからない。
ただ、調査の疲れがたまっていたためか、この調査を終えた時点で腰痛が悪化、ぎっくり腰状態となってそのままホテルで寝込む。以降まる2日間ベッドから動けず。水だけですごすことに。
5日の火曜、ようやく立てるようになった。この日はインドネシアの祭日。6日は当初の予定通り、インドネシア大学に調査で向かった。
司書のYeni Budi Rachmanさんと会う予定だったが、急遽仕事が入ったとのことで、必要な情報を文書でもらうとともに、かわりに日本研究所リサーチャーのRohmiatiさんが応対してくれた。これはこれでラッキーだった。Rohmiatiさんはここで日本学を学んできており、先生にあたるSiti Dahsiar Anwarさんを紹介してもらった。Anwarさんは60年代にここで日本学を学んだ第一世代の方で、今もインドネシア大学の役職にあり、この大学の日本研究の歴史に詳しい方だった。
腰痛をかばいながらの調査で、再発しないよう細心の注意をはらいつつ動く。もともと腰痛にならなければ8日にジョグジャカルタに移動して、ガジャマダ大学を訪問、調査する予定を組んでいたが、断念。
かわりに、腰痛で寝込んでいた日に訪問予定であったジャカルタ日本文化センターを訪れ、後藤愛さん、司書のスーザンさんから聞き取り。当初の予定では国立図書館に行く予定はなかったが、ジャカルタでの時間があまったのでそこに向かった。これはこれで幸運だった。アポ無しで訪問したのだが、たまたま対応してくれた司書のアナイスさんが貴重書担当、戦中から保存しているかなりの量の日本語図書があることがわかり、直接書庫に入れてもらい、それらを調査することができた。何が吉とでるか、本当にわからない。
2013年10月31日木曜日
ベトナムでの調査
2013年10月にベトナムでの調査。1日からベトナムのハノイへ。到着の翌日、午前中に国際交流基金ベトナム日本文化交流センターに向かい、吉岡憲彦さんから日本研究情報の概要をうかがった。午後に、ベトナム国立図書館へ。司書のLe Thi Thu Trangさんの協力を得て、館長のPhan Thi Kim Dzungさんと会合を持ち、同館での日本語蔵書について情報収集。大変あたたかく迎えて頂き、感謝。
3日にベトナム社会科学院へ。ベトナムでは大学は教育の機関としてあり、研究の機関は別にある。ベトナム社会科学院は、その中心的な研究機関。いくつかの研究所がそこに入っており、日本研究は東北アジア研究所が行っている。まずその研究所長のDao Viet Hungさんから聞き取り。
午後には同じくベトナム社会科学院の研究所、社会科学情報研究所へ。この研究所長のホシキさんからは、事前にメールで戦前の日本語蔵書が相当あるということをうかがっていた。実際にそのとおりで、和装本を含めて膨大な蔵書をもっているが、ほとんど研究がなされていないとのこと。同研究の方達と3時間にわたって会議、今後の調査協力のプロジェクトを練っていくこととした。通訳にはNguen Duong Do Quyenさんがあたってくれた。
大学ではベトナム国家大学ハノイ人文社会科学大学と連絡をとっていたが、担当の方が休業中。そのかわりにハノイ外国語大学で聞き取り。また、ハノイ貿易大学にはJICAが支援していたベトナム日本人材協力センターがあり、日本語文献を提供しているとのことだったので訪問、同機関の谷上聖子さんに案内をしてもらい、話をうかがった。
その後、ハノイからホーチミンへ。ホーチミンではホーチミン国家大学人文社会科学大学に向かい、その日本学科でNGUYEN TIEN LUCさんから聞き取り、その後、図書館長のアンさんから日本語蔵書についての詳細をうかがった。
3日にベトナム社会科学院へ。ベトナムでは大学は教育の機関としてあり、研究の機関は別にある。ベトナム社会科学院は、その中心的な研究機関。いくつかの研究所がそこに入っており、日本研究は東北アジア研究所が行っている。まずその研究所長のDao Viet Hungさんから聞き取り。
午後には同じくベトナム社会科学院の研究所、社会科学情報研究所へ。この研究所長のホシキさんからは、事前にメールで戦前の日本語蔵書が相当あるということをうかがっていた。実際にそのとおりで、和装本を含めて膨大な蔵書をもっているが、ほとんど研究がなされていないとのこと。同研究の方達と3時間にわたって会議、今後の調査協力のプロジェクトを練っていくこととした。通訳にはNguen Duong Do Quyenさんがあたってくれた。
大学ではベトナム国家大学ハノイ人文社会科学大学と連絡をとっていたが、担当の方が休業中。そのかわりにハノイ外国語大学で聞き取り。また、ハノイ貿易大学にはJICAが支援していたベトナム日本人材協力センターがあり、日本語文献を提供しているとのことだったので訪問、同機関の谷上聖子さんに案内をしてもらい、話をうかがった。
その後、ハノイからホーチミンへ。ホーチミンではホーチミン国家大学人文社会科学大学に向かい、その日本学科でNGUYEN TIEN LUCさんから聞き取り、その後、図書館長のアンさんから日本語蔵書についての詳細をうかがった。
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